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黒い影はぴよこりとお辞儀をした。それから台所から射す光りの中に全身を現すと、それを眩しがつているとも照れたとも見える表情を浮べながら近づいた。
今泉は調子づいた。
「やっぱり半之丞の子だったですな。瓜うり二つと言っても好よかったですから。」
房一は熱心に愛想よく椅子をすゝめた。
鬼倉は一瞬、相手を地着きのごろか何かと思つたらしい、一種の殺気をひらめかした。
この云ひ分はいつでも何かあるごとに、練吉の口に上つた。正文の前でも云つた。何年かの間繰り返された練吉の云ひ分だづた。
「坊は?」
身体を拭きにかゝつていると、台所の土間の方で、誰か来たらしい、盛子に向つてしきりと何か云つている声が耳に入つた。それは、せきこんだ、悲しげな、訴へるやうな女の声だつた。
「あ、さうだ。お茶、お茶。おい、お茶を出してくれ」
「いためた?」
「徳さんが、――今、そこに、おかみさんが来てるんですわ」
「まあ、いゝでせう。せつかくぢやありませんか」――
二人は今船で流れの上を渡つていた。綱を手繰たぐる徳次のわきには房一が自転車のハンドルをつかまへて立つていた。全体に銀白色の金属でつくられたこの自転車はいかにも新しげだつた。それさへ、徳次の目には医療器具か何かのやうに特別な機械に見えた。